静岡市にあるこころとからだのクリニック『あおいクリニック』です。

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あおい文庫

このページでは、当院所蔵の図書を皆さんに紹介します。

 写真の書籍は、邦題で「それでも人生にイエスと言う」として出版されているフランクルの著作の初版本(1946年)です。本には、フランクルが強制収容所から解放された次の年の1946年にウィーンの市民大学で連続して行った3つの講演が収められています。フランクルの思想は現代までかなりの一貫性が見られますが、本書には彼の思想の全体像が萌芽的に認められます。

 この書籍に関し、フランクルが強制収容所にいた時のエピソードを知ることでさらに関心を持って読むことができます。それは、収容所内でフランクルは、自分が「強制収容所の心理学」というタイトルでウィーン市民を前に講演している姿を何度も浮かべ、それを生きる支えにしていたことです。これが現実となり、ウィーンの市民大学で講演を行ったという訳です。この時の聴衆はわずか14人だったそうですが、その内容が書籍となり、現代まで読み継がれていることを考えれば、いかにフランクルが素晴らしい内容を講演したかは疑いようがないでしょう。

 講演の内容は、第一講演と第二講演が、すでに書籍紹介をした「死と愛」、第三講演は「夜と霧」のエッセンスをそれぞれ語っています。一般市民向けの講演ではありますが、ある程度難しい所もあるので、じっくり読んで理解することが求められます。この本において最も重要なポイントは、書名の通り、人はいかなる状況に置かれても自分の人生に「イエスと言うことができる」という無条件の人生肯定の立場が説かれていることです。強制収容所という極限の体験を通し、「それ」でも「人生にイエスと言う」立場を徹底的に肯定していくフランクルの熱い言葉を聴き、考えていく内に生きることへの勇気がもらえる作品となっています。
 ちなみに、書籍のタイトルである「それでも人生にイエスと言う」は、ブーヘンヴェルト強制収容所の囚人だったヘルマン・レオポルトとフリッツ・ベーダレーナが作詞・作曲し、この収容所の囚人たちが歌った歌の一節からとったものであるそうです。

 上の書籍は、日本では「死と愛」という名前で出版されているフランクルの代表的な著作、その初版となります。フランクルのロゴセラピーと実存分析の体系を記した本であり、フランクルが強制収容所に送還される際、外套の裏地に縫い合わせ守ろうとした本の原稿がこれに当たります。結局原稿は失われましたが、収容所内でフランクルがチフスにかかった状態でありながら、紙片に記号を綴りつつ再生に取り組んだという熱意を込めた作品です。

 その後1946年に「医師による魂の癒やし」(原題:写真の通り)という題名で出版され、日本では1957年に出版されました。フランクルは晩年までこの著作に手を入れていき、加筆・改稿しつづけました。日本では2011年に「人間とは何か」という題名に変更され、翻訳本が出版されています。

 この本では、フランクルの基本命題としてとても有名な「人生から何をわれわれはまだ期待できるかが問題なのではなくて、むしろ人生が何をわれわれから期待しているかが問題なのである」も本格的に披露されており、人間が人生からの問いに責任を持って答えなければならない存在であることが主張されています。さらにフランクルは、人間は本来三つの価値に向かうものと述べます。人間には本来的に神経症、つまりノイローゼに反抗する力があり、この力を呼び覚まして、人生に対する価値を心の中に呼び覚ますことが治療の目標となるのです。フランクルが述べた価値とは、一つは物事を新しく作り出していこうとする創造価値であり、他は生活の中で自分が直面したものを通して、自分の中にとりこんでいく体験価値であり、そして最後に、有機的な人間同士が互いにしめしあう態度価値があるとされます。

 上述のようなフランクル思想のまさに集大成となる作品が本作です。

 『夜と霧』の原題は、「強制収容所におけるある心理学者の体験」です。オーストリア・ウィーン在住の精神科医であったヴィクトール・エミール・フランクルがナチスにとらえられ、過酷な強制収容所生活を余儀なくされた経験をつづったものです。

 強制収容所という極限状態において、人間の精神はどのように変化し、どのような行動をとるようになるのか、また、そうした状況の中で人は何に絶望し、何に希望を見出すのかをリアルに描き出しています。

 フランクルがこの本でもっとも伝えたかったのは、明日の命の保証もない捕虜たちの中に、一種の崇高さすら持った精神が息づいていたということでしょう。フランクルの「人間精神への絶対的な信頼のまなざし」がその後の思想全般に貫かれているのは、こうした体験も関係しています。
 この本は1946年の発刊後、初版は3000部程度であり、ほどなく絶版となりました。しかし後にドイツに留学していた臨床心理学者の霜山徳爾氏が手に取り、彼の何としても日本に伝えたいという使命感にささえられ、日本で1956年に邦訳本が発行されました。今では世界中で1000万部以上売れている大ベストセラーですが、世界で最初に翻訳が出たのは1955年のアルゼンチンであり、日本は2番めの国でした。
(なお写真は1946年に発刊された初版本になります。)

 アメリカでは、1991年に「私の人生にもっとも影響を与えた本」ベスト10に入り、また日本では、2012年にNHK「100分 de 名著」にて紹介もされました。これらは、この本が時も人種も超えて読まれ続けてきた名著であることを示しているのだと思います。

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